2023.10.23-10.29|雑記帳

10.23(月)

・人の心ってわからんもんだな。思い込みは避けたい、というか予測できないものだ。

・バルセロナの呪縛を解くのだ。

・「観光地だから」というのは、そのオリジナリティを見過ごしているのかもしれない。たとえば、東京にだって生活はあると、少し前は思ってた。けど、最近の混雑を見て、「東京にはもういられない」と思ってた。変わらず、生活はそこにあったんだ。バルセロナだって、確かに呪縛ではあるが、生活はいつだってある。そこは見てみたいよな。せっかくならば。

・社交場みたいな場所もいいけど、俺はそれ以外の断片を紡いでいく役割をしたいね。

・自分の現時点での”はたらく”が、きっとこの場所でも繋がっていくきっかけになると思う。何かやり方があるはずだ。

・山じゃなくて、丘だな。歩き回れる余地がある。

・何かやりたい思いと同時並行で、ただ歩いて、記録して、生きていくことをしてみよう。そこから何が生まれてくるのか見てみよう。記録なんだな。撮って、書いて、対話して、読むのは。その記録が俺によってのはたらくであり、生きることなのでは。

・夕暮れのいい色ってあるんだよなぁ。街に差す順光の色合いが美しい。

・墓地に閉じ込められて、とにかく焦った。

・”ままならなさ”はありつつ、「意外とめっちゃできてるじゃん」と思うことも大事なような。”ままならなさ”が行き過ぎて、自己否定までいってしまいそうになるから。

・同じ言葉を使っても、それぞれに抱えるイメージは異なる。まずそれを聞いて、共有してくところから話し合いは始まるんじゃないかな。

・言葉のイメージの共有、もしくは相手が選んだ言葉から、その背景が滲み出てくる。そこを見逃したくないものだな。それが何を実現しようとしているのか探ることに近い。

10.24(火)

・話を聞くって、発見がある。ただ聞こうじゃなくて、積み重なった、とにかく聞こうという態度だと、掴むものがたくさんあるな。

・確かに自己否定してるかもなぁ。

・ある意味で、権威性みたいなものを嫌うからこそ、俺はそんなんじゃないと、自分が持っているものの責任を負おうとしたくないのでは。

・人とシェアできないんじゃなくて、既にばっちり土台はあって、ただその機会がやってこないだけなのでは。

・「火の鳥」とか、手塚治虫の作品を読んでみたいな。

・ファクトにこだわって、見落とすことがあるならば、手放してみたいものだ。

10.25(水)

・文学研究っておもしろそうだな。

・村上春樹みたいと言われて嬉しいね。

・ダイビングまたやりたいなぁ。呼吸で自身の居場所が決まる。もはや身体感覚ではなく、呼吸そのものと一体化するような。

・どこかが下がると、どこかは上がる。反比例するように。すべてが下がるなんてことはないのだろうな。

・話し合いができることが最善だと思いすぎるのも、そこにある意味を見過ごすことになるのかもしれないな。

10.26(木)

・あらゆることに「20代最後の」を付けてしまう。

・微笑みっていいな。

・ムンジュイックの形が見える。バルセロナって、ほんと海と山が近いんだね。

・「自由恋愛」って書いてあるTシャツなんだ。

・偶然性を介在させることか。文章を書きながら、どこに辿り着くのかわからないまま進める方式は、どこかに偶然差し込まれるものを待っていたのだろうか。

・筋を主張したり、強化したりするのではなく、ただ偶然的にそこに辿り着いたことを述べるモノローグのような話をしたい。

・日本って、ほんと便利で平和なんだなぁ。

・「そんなつもりじゃないかったのに」って心強いな。

・秋は美しいが、すぐに過ぎ去る焦りを抱えている。

10.27(金)

・あらゆることに「30代最初の」を付けてしまう。

・30代最初は「旅をする木」を読んでしまった。冒険をする30代になるのだろうか。

・年齢というのは不思議だな。時間を区切るから意味が生まれる。そうしないと忘れてしまうからなのかな。心と身体は昨日から地続きなのにね。

・早く30代にとか思ってたけど、いざ来ると、大台だって感じだし、意外と20代が惜しいな。少し寂しいのが正直なところ。

・ぶっきらぼうな開口一番「おめでとう」が嬉しい。

・ほとんど推敲せずに出すことか。やってみたいな。

・急に賑やかな音楽が流れる。

・たわいもない会話が、きっと共に生きることを柔らかくほぐしていくのだ。

・人間の営みに興味がある。人は毎日どのようサイクルで何をして、何を喋るのか。聞いてみたいけどね。

10.28(土)

・念願の「クラシコ」を観てきた。バルサファンとして、ずっと夢だった。確か12年ぐらいずっとファンで、何度もクラシコに熱狂してきた。けど、実際に初めて生で観てみると、なんだか遠くにいる気分になった。後悔は全くないし、確かに楽しかったのだけど。カンプノウが改修中で規模の小さいムンジュイックだったからなのか、席が微妙だったからなのか、そもそもスポーツに熱狂できなくなってきたのか。とはいえ、いい思い出だ。

・情熱がなくなった代わりに、感覚が鋭くなったのかな。サッカーに熱中できる人は、戦争や民族意識にも、自分ごととして思えるのかな。

・カタルーニャの独立問題も、きっと日常にあるやりきれなさなとが絡み合っていて、もういいじゃんと言えるもんでもないのかもしれないな。

・緊密なコミュニケーションが、生存に関わるのかもな。

・話し合いについて、話し合えばいいんじゃないか。

10.29(日)

・今日でサマータイムが終了して、日本との時差が、7時間から8時間になった。スタンバイしてデバイスを確認してみると、午前3時になった瞬間に午前2時に戻ってた。つまり、今日は1日25時間あって、なんかうれしかった!

・沼に沈んでいく愛しき顔。

・不幸話で今まで見たことない煌びやかな笑顔になってて笑った。

・同じ脳の部分を使いすぎて、慢性的に疲れることってあるよな。

・関わりを実感することか。既にある関係性を喜んでみて、これからどう関わるかを大事にしたい。

・過去の未完了の残像たちを許してみること。それは怒りや恨みから自分を解き放って、復讐に人生を捧げないようにすることか。やみくもに許すわけじゃない。縛られた感情を知っていくためだ。探求でもあるのだ。

・散歩できて気持ちいいな。いい選択だった。

・秋のベンチ 許す言葉 噛み締める。

・疲労とは 繰り返すほど 飛行機雲。

・人生で初めて隠し味を入れてみたいと思ったかもしれない。

・泥だらけで掴んだあなたの言葉を手放さないでいい。なんて軽やかなんだろうか。