08.14(月)
・「それでも」ということ。必然性はないけど、「それでも」ということはある。
・変に音を聴くと疲れてくるけど、何か音を聴きたくなる矛盾。自然の音を聞きたいよね。
・人への憤怒をきっかけに、自身の持ち物に気付く。
・そうなると、憤怒は落ち着き、むしろ気付かせてもらえたこと、そして、自分もまた流れに入っていくことが受け止められるのではないか。
・度量。それは受け取ったことに気付くこと。
・損したくない気持ちをなくすのは難しい。だとしたら、それによって自身が何かもらっている、発見していると思えば、やり返さなくとも、損はしていないと思えるような。
・気仙沼旅は、最初に日常として、ただ何もない散策をする。そのあとに人と行動する。その感じがより良かったのかもな。
・「意味のまだわからない他者のにぎわいのなかでこそ、僕たちはいきいきと生きることができる(偶然の散歩)」他者を排除したくなることを考え続けるのは、多様性のためでもなく、既にあることを忘れてしまわないようにするためでもあるからだ。というか、排除なんてしようがないほど、生命は絡み合っているものだ。
・人との流れに溶け込むのは、決して迎合するわけではない。ベタベタするわけでも、今までの少し離れたやり方が間違っているわけでもない。ただ、螺旋が崩れて、形が変わることも了承して、新たに作られたものをじっと見ることなんだと思う。
・地球の自転、公転も旋回だ。堂々巡りをしながらも、また新しい季節が始まる。巡っていく。
・やはり、それでも、歩く。一度きりで、必然性はないかもしれないが、それでも、愛しく見てみること。
・たまたま巡り合ってしまった。そして、歩いてみる。それこそが生だと思う。
08.15(火)
・意外と感情を抑制しているのかな。動じないようにとか。そうとも言えるし、そうとも言えない。
・他者が感じたことに否定も何もない。あぁそう感じたのかという驚きだけだ。だか、それでも好ましさはある。そこを過剰にせず、なるほどに留める。そして好ましいときに、嬉しくなるものだ。
・若さとは矛盾の狭間で悩むこと。折り合いは上手くなっていくが、皺を寄せずに、そこに留まれるような歳の重ね方をしたいものだね。
・MOWを買って、MOWが当たる。
・再帰性。自分の積み重ねも記していくこと。
・克服というのは、変わらないことじゃない。
・対話は人の話を聞いて、自分が受け継いで喋ること。
・思ってた3つ以上にボケを足してくる関西人すき。
08.16(水)
・むきだしの感情を受け取ったとしても、真実をじっくり見ることは受け止める側としてできるんじゃないか。余地は受け止める側にもあったりしそう。
・過度な期待ではなく、信頼して待ってくれている人がいるからこそ、そこに気付いて、自分もやっていくのか。
・頼るというと、違和感がある。受け取って受け取られていく。流れに入っていくことがしっくりくるような。
・集団の持ち上げが嫌なのは、目の前の個人を考慮してないように思えるからか。だからと言って、個別で名前あげたらいいわけでもないしね。
・愛は愛を根気強く伝えることでも、言葉をじっくり待つことでもないときもある。ただ、あることを見てみる。存在を受け止めるということ。あることだけは受け止め切ることか。エネルギーは様々な場所にあるから。繋がっている。
・普遍性を追求しすぎて、目の前の個人の独自性を忘れたくないね。
・語ることを責めることだってできるけど、体験して経験として語ること、日常があっという間に壊れる可能性があること。それらは素直に受け取ってみるのもいいかもしれない。
・人に疲れたら、モノと向き合うのはほんとだな。創作物が救いになる。
・本当の意味で、自身の語りを見ないふりしていたのかもしれないな。
08.17(木)
・理解されにくい傷があろうとも、持っている人に対して、そこから見える苦しさを、「そうなんだね」と時間を掛けて聞いていきたい。
・「unsent a message」によって起きる、言葉の潜水。
・人と話すことは、頼っていることもであるのかもな。共犯的な感じで。
・Spotifyは好きな曲からRadioにして流すのが飽きなくていいと、今更ながら思う。
・何も考えてなさそうな海に漂うカモを見て、生きることはいつなくなるかわからないし、執着のようなものは一瞬にして変わったりしてしまうものだと思ったりした。でも探求はしていくし、美意識はあるものだ。だけど、どうしようもなく、世界の流れにあるんだろうな。
・自己に囚われている人から生まれた言葉は、におってくる感じがする。
・人を蔑んだりしてしまう度に思うのは、ほんとに人間をなめているんだなと。自分が持ち得ない意外なものを人は持っているものだ。
08.18(金)
・自分はこう選んでいると思っていることが、社会的な文化からその価値観を生み出しているのだとしたら、もはや自分で選択しているという意志すら結果的に疑うことになるんだろうな。とはいえ、全部そうではなくて、そういう側面も考慮するぐらいだけども。
・理想と現実があるのではなく、螺旋の構築を進めるために、世間(世界ではなく)との距離を調整しているんだろう。
・他者が脅威な時代。そうかコロナのことって、自分の生活や思考が変化したことばかり見てたけど、沈殿した価値観というものが、まだまだあるのだろうな。
・触れたい、でも触れることが脅威である(それは物理的にも、精神的にも)という気持ちは、自分の傷もあるけれども、もしかしたら、社会的な価値観として、どんどんためらいや怖さが表面化しているのかもな。傷がなかったらとか思うけど、もうわりとあらゆる人にインストールされてしまっているのかな。
・言葉を尽くすことが語ることではないが、確かにそこにあったことを表すことにはなるのだと思う。
・「知らなければならない」というのは、どういうことなんだろう。そこにいつも引っかかりを覚えてしまう。
・マンションでも鈴虫の声響き渡る負けじとクーラー。
・過去を無かったことにできないように、生活を拭い去ることはできない。だが、生活は生でもない。ただ、生活の中だからこそ、できていくものはある。だとしたら、生活から生を見出すのが筋ではないか。
・生活のタスクは終わらせたいが終わらないもので。とはいえ完全に暇になると何も浮かばなくなったり。だとしたら、目まぐるしい生活の中でも、生きることを見出して、やっていくのが、上手な生活の活用であるような気がする。生活に慣れて、それでもやっていくこと。消そうとするのは苦しいぞ。
・過去への解釈は何度でも捉え直すものだ。
・むきだしの感情には戸惑うのに、ユーモアには思わずいいねぇと思ってしまう。
・真摯ではあるが、真面目じゃない。ユーモアはあるが、ダサいと笑わない。
・茨木のり子の「訪問」「寸志」「みずうみ」という詩が好きだった。
・茨木のり子が「言葉に所得税はかからない」と言ったように、言葉は誰にでもあり、いくらにも生まれようがある。すごすぎないか。無性の愛とはまさに。言葉を愛さず、どう生きていけようか。
・人間の魅力は、孤独の螺旋の形なんだと思う。どのような旋回をして、形作られたものを捉えているのか。だからこそ、そういったものを見ようとする素直さに、どうしても惹かれてしまう、自分の螺旋がある。素直さを出さないことを排除する必要はないが、どうしたって魅力的な人は、「しいんと静かな湖(みずうみ)」を持つ人だもの。
・茨木のり子さんの詩がなぜこうも、すぅっと入ってくるのか、好ましいのかというと、素直に見つめた先に、ユーモアを含ませている孤独の形が、実に美しいと思ってしまったからだ。
・わからなさや人間の背景を知っていくと、複雑さに耐えられなくなりそうと思いつつ、逆説的に愛が生まれてくる。すごいなぁ愛すしかないじゃんって感じだ。
・そりゃないぜって笑えるのいいな。
08.19(土)
・マンションの廊下に消えるシンクロ率。
・「イライラしている」を「大切な歯をギリギリしそうになります」という表現にする人、推せる。
・置くという態度が、どこかの誰かに届くかもという姿勢でもあるのかも。誰かに向けて書くというか、やっぱ狭間に置く方がしっくりくるなぁ。
・失ってから気付くのではなく、今あるときから気付きなさいよ、と思ってしまうな。だからこそ、今あるものに気付くことを淡々とやっていくのが、俺にできることなのかもしれない。
・この怒りを、「気付けよ」と胸ぐら掴むためじゃなくて、「どうしていこうか」と考えられるのでは。怒りはフックだ。それが悪いのではなく、どう出ていくのか余地があるということなのではないか。書くときに負担を与えるようでありたくないからな。
・ユーモアだ。今のバイブスで喋りたいからね。オードリーANNのように。手加減せずに喋りたいもの。
・螺旋は大事だけど、真面目にはやりたくない。遊びが大事。疲れちゃうし、楽しいからね。
・何もできないけど、いてあげることはできるのか。
・夜はいいぜ。時間が”無限”だからな。
・深呼吸するように、世界の広がりを感じる夜があるとき、だとしたら、その喜びを感じる以外、何をすることがあるのだろうか。
・どうしようもなさを知るのは、自己肯定でもなく、生に気付いたということだ。
・まぁそうとも言えるだろうねって話があるから、わからなさというものを知ろうとするからこそ、言わないでおいたりするんだろうね。
・切り替えというものはある。螺旋に戻っていくとき、それは確かに戸惑いがあるものだ。
・人疲れはそれはそうだ。他者を理解できないものとして尊重して扱うのだから、そこを踏まえたら、孤独に戻ってくるときに、なかなか戻れなかったりする。尊重だからこその疲れだと思う。多少は誇りに思いたいものだね。
08.20(日)
・愛想良くする必要もないけど、不機嫌をぶつけられたくもない。
・洗濯物余り渦。
・専門家が正しいとかではなく、そこには熟考した旋回と熱量があるからこそ、心が動いたりするのかもしれないな。
・弱さに対する防御力の低さ。だからといって鎧を纏うことはどうなのか。弱さはそのままではつけ込まれる社会だ。弱さを解消せずに強くある可能性を探したい。
・可能性というのが好きなんだろうな。
・脳は成長によって形作られるものだし、社会から受ける影響もある。だからこそ性格ではなく、変化するものだと捉えるのが自然ではないか。
・起こったことに反応すること。そういった態度をあまり好かないのかもしれないな。
・言葉への思い入れが強過ぎて、対面が疲れるのかもしれない。探究に真摯だからこそ、疲れやすいという側面はあるだろうな。
・人と向き合うのが良いことだと思い過ぎている。向き合えていないような態度は、体力をセーブしていると思えばいいのか。
・根を詰めすぎない。螺旋は旋回するので、待つことも必要となってくる。
・歳を重ねる良さは、待つことができるようになってくることだな。
・こだわりがある人は発明をして、真面目な人が運用して、こだわりない人はユーモアを添えていく。
・巡るように思考する人が好きだ。